ヒュー・ロフティング著『ドリトル先生物語』シリーズ 井伏鱒二訳 岩波書店

私はこの本から、どんな言語も習えば使えるようになる、と知らず知らずのうちに刷り込まれました。あらゆる動物の言葉を次々と覚えていくドリトル先生を、素直に受け入れたのですね。親に読んでもらうことから始まり、小学生になって漢字もだいぶ覚えてくるとシリーズ全巻を繰り返し読みました。「外国」と出会った本の一つでもあります。「今帰ればお茶の時間に間に合う」とかいう台詞を読んで、「お茶くらい好きな時間に飲めばいいのに」と思っていましたが、後年イギリスの午後のお茶は食事の一部であることを知って、やっと台詞の意味が分かりました。井伏鱒二の名を知ったのもこのシリーズ。児童文学関係の人と思っていたら、立派な作家であることを知った時の驚き。

ローラ・インガルス・ワイルダー著『インガルス一家の物語』シリーズ 恩地三保子訳 福音館書店

こちらも「外国」に出会わせてくれた本。『ドリトル先生』と同じく、まず親の読み聞かせから始まり、自分でも読めるようになると、繰り返し読みました。店も何もない森や草原で、自分たちで家を作り畑を作り狩りをする生活が自分の生活とは大違いで、ある種の憧れをもちました。出てくる料理にも惹かれました。自分とは全く違う場所に住み全く違う生活をし、全く違う信仰を持つ人たちにも、共感して親しみをもつという経験をしました。

Antoine de Saint-Exupéry, Le Petit Prince(サンテグジュペリ『星の王子さま』)

7歳の時に初めて手にしましたが、その時には難しくて放棄してしまいました。 20歳ごろにようやく読み通しました。その時には薔薇のわがままさが切なくなりました。 後年読み直した時には「慣れ親しむ」ということ、「関係性」が特別なものを作り出すという言葉が胸に迫りました。

Kaim Potok, My name is Asher Lev (カイン・ポトック『私の名はアッシャー・レヴ』)

主人公は超正統派ユダヤ教徒として生まれ育ちながらも画家になり、しかも磔刑をモチーフにした絵を描いてしまう。外的規則と内的欲求の衝突は、普遍的な問題。超正統派ユダヤ教徒の生活を垣間見ることのできる貴重な本。

西行『山家集』

世界を諦念の目で眺めながらも、それでも世界は美しい。自然を、人を、愛おしく思わせてくれる。

節子・クロソフスカ・ド・ローラ『グラン・シャレ 夢の刻』世界文化社

スイスの山奥の山荘とそこで暮らす画家と日本人女性のことを知ったのは小学校高学年の時だったか。写真も文章もおとぎ話のような美しさです。その中にも生活があることを大人になってから知りました。

ヘルマン・ヘッセ『デミアン』

自我が芽生え始めて、周囲との関わりが上手くいかなくなった頃、読んだ本。初めての内面的な読書経験でした。内面的な経験を経て、現実に向かっていくことも初めての経験でした。いわば私を大人にしてくれた本。

ボッカッチョ『デカメロン』

古典の面白さを教えてくれた本。この後には、偉そうに教科書に載っている書物も自分で手に取って紐解けば以外に面白いこともあると知っているから、難しそうな本にも怖じ気づくことはなくなりました。ペストの惨状と話の滑稽さや猥雑さのコントラストも、人生や社会の何かを教えてくれたようです。

・・・・・・つづく